大判例

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東京高等裁判所 昭和44年(く)43号 決定 1969年5月31日

本人 G・T(昭二三・七・四生)

主文

原決定を取り消す。

本件を東京家庭裁判所に差し戻す。

理由

本件抗告申立の要旨は、記録に編綴の、附添人弁護士下光軍二・同石川恵美子連名の抗告申立書のとおりであるから、引用し、これに対して、つぎのとおり判断する。

第一、抗告理由(法令違反、憲法三九条違反)について。

原決定の認定する非行事実は、犯罪者予防更生法四二条による通告に基づく、少年法三条一項三号ロ、ニのぐ犯事実であること、および少年が、かつて売春防止法違反により、起訴猶予処分となつたり、罰金刑に処せられたりしたという事実は、少年のぐ犯性認定の一資料に過ぎず、直接この事実を対象に原決定の処分がなされたものでもないことは、原決定文上明らかなところである。従つて、所論指摘の少年法四六条、憲法三九条後段の規定は、原決定とは直接関係がないのであり、原決定には、これらの規定に違反するかどは全くない。所論は、独自の見解であり、採用できない。論旨は理由がない。

第二、抗告理由二(処分の不当性)について。

原決定は、特別少年院送致決定をなした理由について、「昭和四三年三月一日保護観察に付せられて以来、本人には保護観察に服する意思がなく、終始これを無視し、その指導にも従わず、その指示にも応ぜず、更生の機会を何度も与えられながら反省なく、自由勝手な生活に終始していたもので、父は病弱であり、母の監護は全く及ばず、保護観察は全く効果が認められず、その非行性は相当進んだものと認められるので」と判示しているが、この点は、一件記録上、肯認できるところである。

ところで、少年を、このような、保護観察の効果が全く認められないような事態、ぐ犯性に追いやつた原因、あるいはこれに対する処分を、一件記録および当審における事実取調の結果に基づいて検討するに、その主な原因は、少年の認識の甘さ、性格、知能が余りよくないこと等、少年自身にある内部要因の外に、外部要因として、家庭内部において母親としつくりいかず、家出し、さらには、不良環境に入つて、やくざ木○某と同棲したりしていたことにあるものと考えるのが相当である。

そこで、まず第一に、少年本人の自覚・反省について考えてみると、所論(四)の1のイに指摘のとおり、保護観察官に対する少年の陳述と、原裁判所の審判廷におけるそれとの間には、少年の陳述に変化が認められる。当審の受命裁判官に対する少年の供述と後記のところをも考え合わせるとき、この少年の陳述の変化、自覚・反省・更生の意欲は、ある程度信用できるものがあると認められる。

つぎに、外部要因について考えてみるに、木○との関係については、所論(四)の1のロに指摘のとおり、少年が木○と手を切る決意をしたことを裏付ける事実も認められ、また母親との関係についても、所論(四)の2に指摘のとおり、原処分を契機に、少年と母親との間の心理的な溝も完全に埋まり、少年が家に戻り、今後家業の手伝あるいは洋裁をして行こうとする生活環境と本人達の決意ができているものと認めて差支えない。

その他、所論指摘の点、ことに、少年が原決定時に満二〇歳八か月であつたこと等の事情を総合して判断するとき、原決定の処分は、不当に重いものと認める。論旨は理由がある。そこで、少年法三三条二項により、原決定を取り消し、本件を東京家庭裁判所に差し戻すこととし、主文のとおり決定する。

(裁判長判事 江里口清雄 判事 横地正義 判事 唐松寛)

参考一

決  定

榛名女子学園収容中

少年 例G・T

昭和二三年七月四日生

右少年を特別少年年院に送致する旨の決定に対する抗告事件について、当裁判所は、昭和四四年五月三一日別紙のとおり決定をしたので、少年審判規則五一条一項に基づいて、つぎのとおり決定する。

主文

榛名女子学園々長は、少年を東京家庭裁判所に送致しなければならない。

(裁判長判事 江里口清雄 判事 横地正義 判事 唐松寛)

参考二

抗告申立の理由(附添人弁護士下光軍二 石川恵美子)

一、決定に影響を及ぼす法令の違反ー憲法三九条違反

一般に少年を保護処分に付するには非行事実と保護処分相当性を必要とする。抗告人は本件事件における原決定認定の非行事実については争わない。では本件において保護処分が相当であつたか否かの点であるが、非行事実として認定された事実は<1>やくざと同棲していること<2>家に寄りつかぬこと<3>売春防止法違反の罪を犯したことの三点であり、その虞犯性はまさに売春防止法違反行為を再び犯すおそれがあるものとされ、非行事実並びに虞犯行為の重点は売春防止法違反行為におかれていることは明らかである。

右非行事実と認定された売春行為は原決定で明記されているように、ひとつは昭和四三年八月東京地方検察庁で起訴猶予となり、他のひとつは昭和四四年二月罰金五、〇〇〇円の略式命令を受けたところの、いわゆる刑事処分をうけた犯罪行為である。

ところで、少年法四六条は犯罪少年に対する保護処分について刑事訴追又は家庭裁判所の審判をなすことを禁じている。この規定は少年保護事件において一事不再理の原則の働く場合を定めたもので、憲法三九条後段の要請に従つて設けられたものとされている。保護処分に一事不再理の効力を認めたということは、保護処分は刑罰とは異なつて少年に対する監護、教育、矯正を眼目とするものであるという理念はさておき、保護処分に、大なり小なり自由を拘束する面があることから認められたものと考える。本件事件の場合、仮に本人が売春行為時二〇歳未満であつたならば、おそらく検察官送致でなく、何らかの保護処分に付され、右規定の適用をうけたであろう。それがたまたま前記二つの売春行為時に成人であつたものの、少年法二四条一項一号の保護観察中であつたがために刑事処分もうけ、かつ、保護処分をもうけることは、憲法三九条後段、少年法四六条の趣旨を没却せしめ、本人に二重の苦痛を負わせることになる。

なるほど、犯罪者予防更正法四二条二項においては少年法第二章の規定を適用すると定めているので、少年法四六条は直接原決定に際しては問題とならないかもしれない。しかし、憲法の定める一事不再理の原理は少年法適用の上でも充分考慮されるべきであり、保護処分を付するに際しても事実上身体の自由を完全に拘束される二四条一項三号の少年院送致の決定はできぬもの。即ち、非行事実の主要事実がすでに刑事処分をうけた犯罪事実であるならば、少なくとも二四条一項三号の規定は適用できないと考えるべきである。とくに特別少年院の実態がその理念とかけ離れて人的物的設備の貧困が叫ばれ、成人の刑務所と何ら異なることの無いものであることが一般常識とされている現在、右結論の妥当性を十分に裏付けるものと思料する。

よつて、原決定は非行事実の主要事実としてすでに刑事処分をうけた犯罪行為を認定した上で、憲法三九条後段の一事不再理の原則に違反して、少年法二四条一項三号を適用して特別少年院送致をしたので、原決定はその決定に影響を及ぼす法令違反として取消さるべきものである。

二、処分の不当性

(一)、非行事実のうち刑事処分をうけたものがあるのにそれを全く考慮しないこと、

少年法二四条一項三号を適用することが決定に影響を及ぼす法令違反とならないとしても・非行事実掲記のうちにすでに刑事処分をうけた事実が含まれている場合は、その評価にあたつて前項記載のような理由から十分刑事処分の結果を考慮すべきであるのに原決定の主文記載の保護処分に付する事由には全くそれをしん酌した形跡がない。

(二)、虞犯少年として一年一か月特別少年院収容は重すぎること。

本人はこれまで家庭裁判所で少年法二四条一項一号の保護観察に付せられていただけで教護院や少年院に送致されたことが一度もない。虞犯少年は犯罪少年や触法少年と違つてその虞犯性は家庭裁判所に虞犯少年として通告、報告した者、調査官、裁判官の主観によつて大いに左右され易いもので、虞犯性認定にあたり慎重を要することはいうまでもなくその評価においても同様である。成人として売春行為が、ひとつは起訴猶予、他のひとつは罰金五、〇〇〇円として処理されていることを鑑みても、決定された非行事実だけでは原決定は重きに失するといえよう。

(三)、本人が原決定時満二〇歳八か月であること、

原決定時本人はすでに成人に達しており、いわば前科者が特別少年院に送致されて果たして他の収容少年のように性格が矯正されるものか甚だ疑問である。成人に達し、後記のように更生の意欲に燃えている場合は社会から遮断された環境においておくよりも、むしろ、成人としての自覚をまち、成人としての責任を社会の中でとることができるような措置を講ずる方が本人の利益になるものと考えられる。

(四)、虞犯性がないこと、

1 本人の改悛の情があり、更生の意欲に燃えていること。

イ、本人の陳述の変化。

審判廷に出頭する迄の本人の言動を記録からみると、昭和四四年二月一九日付保護観察官小佐野孝夫作成にかかる調査報告書によると、「同棲していた○○組のやくざ木○某男とはすぐ手を切る意思はない、水商売を続けてゆく、父母と同居する気持はない。売春行為については今後続ける意思はない」と述べているが、同年三月七日審判廷においては、「木○とは一緒にいても将来性がないのでこの際きつぱり手を切つて立ち直りたい。ここを出たら家に帰つて父の看病をしたい。二〇歳であるのでこれからはまともになります」と陳述している。

ロ、木○と手を切る決意をしたことを裏付ける事実。

本人はやくざの木○と同棲しているために性格が荒つぽくなり、売春、家出という行為に出たものであり、木○と縁が切れれば非行はやむものと思われる。本人も検察庁から釈放された本年二月一五日、母親と二人で木○と同棲していたアパートにゆき、自分の荷物を引取ろうとしたところ、木○が無断で本人の持物を質入してほとんど持物がなく木○をある程度信用していたので大きなショックをうけた。そして、母親と口論している木○をみて、まともに働かずに金をもつている木○も罰せられるべき男であると考え、父母の家に戻り、病気入院中の父親を見舞つている。その本人は原決定により榛名の特別少年院に送られる前に母親に対しこれ迄の木○との関係を初めて詳しく話し、木○と同棲していたアパートの鍵を渡し母親に木○と縁を切るから木○との跡仕末を一切頼むと述べ、それまで本人と母親の間にあつた木○のことを隠していたために欠いていた意思の疎通も、元通りの和やかな母娘の間柄に回復している。

ハ、本人は保護観察期間中、全く家に寄りつかなかつたわけではないこと、

前記小佐野観察官の報告によれば、「家出中自宅に一度も帰らず」と記載されているが、この点については、審判廷で本人が「家出してからは家には時々帰つたが」と陳述しているように、本人は全く家庭を見捨てていたわけではなく、厳しかつた母親に、住居や勤め先をいうと木○と一緒にいることがばれて怒られるのがいやだつたからである(審判廷での本人陳述)。そして、本人は比較的まじめに水商売にも毎日通勤し、又、定住性がうかがわれるので、生活の本拠さえきまれば更生するのも早いと思われる。

本人が保護観察中家に居たとき父親の病状が急変し、織○病院に深夜母親とかつぎこんで看病したことがあり、生活が荒れていても、家庭に対しては優しい娘である。

ニ、将来について洋裁をやりたいという意欲に燃えていること、

原決定後特別少年院に収容中の本人と三月一八日母親が面会したところ、本人は少年院でやつたししゆうを見せ、自分は洋裁が好きだから洋裁の技術を身につけたいと語つたそうである。

ホ、父親の病気を非常に心配していること、

母親が榛名の特別少年院で本人との面会を申込んだところ、担当官が父親のことをいうとすぐ泣き出すから言わないようにと、予め母親に注意したそうで、その心情も荒つぽいものから、娘らしいやさしさを取り戻していることが窺知される。

ホ、本人から家族に宛てた手紙には家族に対する思いやりがこめられ自己の非行を深く反省している様子がみられること。

本人の特別少年院からよこした手紙には、過去のことを悔いてまじめになると記されており、弟にも勤め先に毎日きちんと行くようにと家族の者に対して娘らしいやさしい気持ちを吐露している。

2 今後の本人の生活環境。

本人の両親は一日も早く家に戻り、ごく普通の娘らしくしようと決意を新たにしている。ただ、父親はすい臓がん手術をしたものの再び悪化し、果たして今後生きのびられるものか否か定かではなく、本人を監督することは事実上不可能である。しかし、本人と父とは昔から仲が良く、本人はきびしい母よりも父に対する愛情が強く、父親の看病をしながら家族と和合していくのも更生の一方法と思う。

母親○はこれまで本人に対し厳しすぎたと率直に反省し、今後は自己の経営する美容室を手伝わせず、本人の好きな洋裁をもう一度やらせ、その技術を身につけさせようと計画している。母親のみるところ本人は幼いときから手先が器用であり、中退している○○ドレメの成績表も大部分優であつたので、忙しいからといつて嫌がる本人に美容室の手伝いをさせるようなことはもうしないで、本人の得技をのばすことが更生する一番良い方法であるという。母親は厳しかつたといつても、審判記録で明らかなように、木○と手を切らそうと、木○のアパートに二回と、○○組の新宿事務所にまで押しかけるほど、本人更正のために熱心であり、本人が榛名に送られる前に、木○との関係をすべて話し、木○と同棲していたアパートの鍵を渡すに及んで、それ迄の母娘の間にあつた溝も埋まり、もはや本人が両親の家に居づらい理由は何もない。

今、本人に最も必要なことは家庭の和やかな雰囲気の中で、荒んだ気持をなごませることであり、それには少年院よりも木○と手を切る決意を固め、母親とも仲直りした現在、両親の家に戻るのが最善の方法であろう。その上で、好きな洋裁の道にすすませ、稼げる技術を身につけるべきである。

以上のような次第で、原決定はその処分が不当に重く、却つて本人の更正にブレーキをかけるおそれなしといえない。よつて、原決定の取消しを求める。

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